もう12月も中旬に差し掛かるというのに、
昨日は日中15度近くまで気温が上がりました。
朝晩の冷え込みも相まって、
体調を崩す方も増えています。
年末に向かってしっかり
整えていきたいですね。
家族葬専門ホールまごころの
原がお送りしております、
コラムも30回を迎えました。
引き続き宜しくお願い致します。
「第30回 わびる 」
“詫(わ)びる
”心苦しく思って、悪かったとあやまる。
相手に迷惑をかけたことをすまなく思い、
許しを求める。
あやまる。
謝罪する。
と、大辞林辞典に記されています。
仏教では、“慚愧懺悔(さんぎさんげ)”と言います。
慚愧とは、自らの悪行(あくぎょう)を恥じ恐れることであり、
慚は自らをかえりみて恥ずかしく思うこと、
愧は他人に対して恥ずかしく思うこととされます。
また懺悔とは、
自分の犯した罪科(ざいか)を仏や長老比丘(びく)の前に
告白して許しを請(こ)う
ことを言います。
「大般涅槃経(だいはつねはんきょう)」三礼の中で
「慚愧懺悔六根罪障滅除煩悩滅除業障
(さんぎさんげろっこんざいしょう、
めつじょぼんのうめつじょごうしょう)」
とお唱えしております。
これは、慚愧の心で自らの日々の罪障を
懺悔していくことにより、
煩悩も業障も滅し除かれていくことを意味しています。
「懺悔なきものは人とは言わないのである。
懺悔ある故に父母師長(しちょう)を敬い、
兄弟姉妹にも親しみをもつこともできるのである。」
と、人としての慚愧の心の大切さが説かれます。
また懺悔についても
「若(も)し過(あやま)って罪を作ることがあっても、
後に懺悔して再び罪を作らないこと。
懺悔と言う善心は百種の悪をも
破することが出来るのであります。
人々が罪を犯してそれを覆蔵(ふくぞう)したら
恐ろしいことで罪は罪を生んで
それがさらに押し拡げられてまいります」
と、罪を隠すことの恐ろしさと懺悔によって
罪障を清めていくことのすばらしさを示されています。
懺悔とはすべてを我が責任として受け取って、
苦境にあっても、肥え、そこに感謝し、
消極的にならず積極的に前進し心を低く、
身を屈し、それ故に跳躍(ちょうやく)があり、
人のためにも良きことに身を滅することができると仏典に記されています。
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年末は自分を振り返る良い機会でもあります。
新たな年に向けて、
考えてみてはいかがでしょうか?